後悔先に立たず

そして退院するまで
病院は店の近くにある総合病院だ。朝、入院用の荷物を持って電車を降りた後、店の近くを通り病院へと入っていった。
病室へ案内され入った後は、すぐに色々な検査などが行われ、夕方には家族同伴でどのような手術が行われるかの説明を受けて、それに同意する為の手続きを行った。 そして次の日、その日はやってきた。手術の開始予定時間は午前9時頃だったろうか。紙で作られたものだったと思うが、その前に看護婦さんが手術着を持ってきてくれて、僕はすぐに着替えた。そして新たに2人の看護婦さんがやってきて、いよいよ手術室へと僕は運ばれていった。

そして手術室入った時には意外にもクラシック音楽が流れているではないか。これから手術を受ける患者の気持ちを少しでも落ち着かせようとする事を目的とする物だったのかなと思うが、当時の僕にとっては予想外の事で非常に印象的であり、今もよく覚えている。

手術を受ける前に僕の姿勢は横向きにされて、まず麻酔から始まった。鼻の手術では麻酔は注射などを使うのではなく、麻酔をしみ込ませたタンポンを鼻の奥深くにそれも4本も一気に詰めこんでいく。それも両方に同時に行うので、当然鼻での呼吸は不可能となる。何とか口だけで呼吸をしていたが、楽なものではなかった。だが、15分位で何とか抜かれて、いよいよ僕の鼻にメスが入る。
手術は順調に進んでいったと思う。そして、僕の呼吸を長く苦しめてくれた物が切断されて、口の中に落ちたのを覚えている。その後も順調に進み手術が終わったと思えた時には、これからは鼻詰りに苦しめられる事なく、心地よく過ごす事が出来るのだなと思っていたと思うが、思うようにはいかないものだ。その時は何故なのか分からなかったが、突然に医師がタンポンを詰めるといって、詰め始めたのだ。それも1本や2本位までなら息苦しくなる程度で我慢できるだろうと感じていただろうが、結局は4本を詰め込まれ、完全に鼻での呼吸が出来なくなってしまったのだ。

手術後という事も重なっていたのかもしれないが、あの苦しみは半端なものではなかった。
病室に戻ってからは何度も看護婦さんに来てもらい、色々とアドバイスをしてもらいながら助けてもらい、僕自身何とか耐え切ろうとしていたのだが、情けない事だが遂には右側のタンポンを一つ取ってしまったのだ。
そしたら一気に出血ををしてしまい、慌ててティッシュを詰め込んだりしていたのだが、すぐにやってきた看護婦さんには勿論の事だが、夕方に診てくれた医師にもお叱りを受けてしまった。退院する時に同じ病室にいた方から教えてもらったのだが、あの時の僕の顔はもの凄く腫れ上がっていたらしい。もう少し耐えていれば、我慢できるくらいにまでになっていたのかもしれないと、今思うよ。

僕が入院した病院の耳鼻科の病棟には診察室があって、僕達は毎日そこで診察を受けていたのだが、手術を受けてから4日目か5日目の診察の時に、医師よりタンポンを抜くと言われたのだ。この時は嬉しかった。またこの時に、鼻の手術では手術後の出血を塞ぐにはタンポンを詰めるしかないと教えられた事を思い出す。そして、タンポンを抜かれる時、1本目はどって事なかったと思うが、最後の方のタンポンになるとかなり痛かった。だが、全てを抜いた時の鼻の通りはまるで別世界だった。それまで手術後、毎日重かった体も一気に軽くなったような感じだった。
それから体力も日に日にぐんぐんと回復してゆき、手術前日には入院期間は2週間位と言われていたのだが、僕からの出来るだけ早く退院したいという申し出もあったせいなのかもしれないが、予定よりも4日早く退院する事が許可されたのだ。

手術を受けるまでは花粉症の期間外でも鼻詰まりに悩まされる事が多く、常時点鼻薬を持っていなければならなかったのだが、手術後には花粉症の期間内でもその必要はほとんどなくなったのである。あっという間に生活が変わった感じだった。

僕は入院以前からパソコンに強く感心を持っていながら、中々購入に踏み切れずにいたのだが、退院後には何かが吹っ切れたのか余り悩む事なく購入する事をあっさりと決めてしまった。それまでとは別人のように。そして4月末に遂に今のパソコンを購入した。
このパソコンを持つ事で、また僕の生活は少しかもしれないが変わっていったと思う。



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