悪戯か、それとも・・・

完走を目指して
1台目のNSRを失った後、少し間を置いて知り合いのバイク屋に、新たにNSRを探してくれと頼むが、彼は乗り気ではなかった。 となれば、自分で探すしかない。市内のバイク屋を何軒か見て回って、数台の中から1台目よりも年式の新しいNSRを選び買った。
前よりも新しいタイプのNSRだ、前のよりもより走りやすく、速く感じさせてくれるだろうと思っていたのだが、期待外れだった。
前のに比べれば加速は鈍いし、コーナリングも思うようにいってくれないし、更にタイヤのグリップも弱く、コーナリングの時など滑りやすい感じがあった。 その上に燃費も、前のに比べるとかなり悪い。しかし、これがノーマルなNSRだったのだろうか。だとしたら、前の奴がいかに凄い奴だったかを 感じさせられてしまう。
加速や燃費に関しては、どうしようもないが、コーナリングに関しては僕自身が2台目になれればいいだけの事だし、ある程度走っていれば それなりに走れるようにはなる。また、タイヤはダンロップのハイグリップに替えたのだが、前のタイヤとは格別だった。前のタイヤだと 滑りやすい面もあったのだが、替えたタイヤはそんな不安を感じさせないし、かなり深くバンクというか車体を倒しても、こけるという不安を感じさせない。 コーナリングにもいい影響を与えてくれていた。
そして、軽くツーリングなどをしている内に、2年前の夏がやってくる。

また、足摺に行こうと思い始めたのはいつ頃だったのか覚えてはいないが、
意識して1年前と同じ月にいく事を避け、手前の8月に行く事に決める。
そして、目的は1年前のように事故に会う事がなく、ただ完走するだけだった。
コースもほぼ同じようしていたのだが、1年前と同じような渋滞にあいたくないという思いから、須崎まではR56を避けて、横波を走って須崎まで向ったのだが、 選択ミスだったようだ。
一番のミスは横波黒潮スカイラインを走らなかった事だろう。あそこをコースに選んでいれば、須崎まで快適に走れただろうが、下の道は狭くて 走りにくく、須崎に辿り着くまでの時間も1年前とほぼ同じ。須崎に向いながら、何度もスカイラインを走らなかったことを後悔している事を 覚えている。

須崎へ出てからは、1年前と同じペースで走って行き、宿毛ものんびりする事無く走り抜け、そしてR321のサニーロードへと入って行った。 1年前に事故ったとこへ近づくと、思わずペースを落としゆっくりを走ってしまう。
その時は田んぼで仕事をしている方はいなかった。もし、いらしたら何か挨拶をしようと思っていたのだが。また、当たり前だろうが NSRが突き刺すようにのめり込んでいた後はなく、きれいに整えられていた。
そこを少し走っていくと、目の前に海が大きく開けてくる。きれいであり、美しく絶景の海だ。1年前にも、事故った後にもかかわらず思わず海に見せられていた時も あったが、この日は海の景観をたっぷりと楽しみながら走っていた。2年を通して、一番楽しめた思い出だろうか。
そして順調に中村、須崎へと戻り、土佐市まで辿り着くのだが、ここでまたしても思ってもいなかった事にあってしまう。

土佐も車の多いとこで、流れも鈍い。こんなとこを走る時には車と歩道の間に、いい具合に隙間ができるので、よくそこを走って行くのだが、3年前も そうだが2年前も同じように走っていた。この時には、車の動きには必ず注意して走っているのだが、2年前には先の見えない見通しの悪いカーブを通り抜けた時に、 いきなり歩道によっている軽四のトラックが目に入った。1年前と同じように道を塞がれたのだ。慌ててブレーキング。何とかなるかとも思ったが、またしても前輪がロックし、 僕は前に飛ばされた。
2台目のNSRも、僕を飛ばした後、同じように回転し、テールを路面に叩きつけ、跳ね返ったのだろう。とある大型店の駐車場へ飛んでいた。
すぐに起こしたが、テールは勿論フロントの部分もボロボロだった。またエンジンもかからない。駐車場に落ちたのだから、それが当たり前だったのだろうが。
ただ、偶然だったのかどうか走らないが1年前と同じような事故にあってしまっている。2回目の事故にあった時、何を思っていたのだろうか。覚えてはいない。 しかし、2回とも救われているような気もするのだ。1回目の時は、田んぼに突き刺さるという事があったが為に、僕はNSRでそのまま帰る事が出来たし、 2回目は飛んでいたのが駐車場ではなく車道だったらどうなっていただろうか。そして何よりも、特に1回目だが、ロックする事がほんの数秒でも遅ければ、 そのままトラックにぶつかっていたのではないだろうか。もしぶつかっていたならば、間違いなく僕は今ここに生きてはいない。

軽四トラックの人は、大型店の駐車場に車を止めて、僕に何かを話し掛けていたが、さっさとどこかへ消えていった。
知り合いのバイク屋へ電話をして、バイクを取りに来てもらって、僕もそのまま部屋まで乗せて行ってもらった。
2台目の見た目の損傷は1台目よりも遥かに酷かったが、だが1台目よりは軽かったようだ。何とか直してもらい、その後も乗り続けるが、 エンジンが焼きつくなどトラブルが多く、去年の3月に事故った時には、修理は出来なくなっており、遂に廃車となってしまった。

僕は10代の頃からバイクに乗り始め、1台目のハスラーからずっと2ストにこだわって乗ってきていたのだが、このNSRを最後に2ストから 離れる事にした。といっても、まだ2ストへの思いは持っており、時折街中を走るNSRやアプリリアなどを見つけた時は、思わず見入ってしまう。
だが、一旦離れると決めたからには、もう愛車に持つ事は無いだろう。

今持っているのは、90年式のスズキの400だ。3月に愛車を失ってから、あちこちとバイク屋を探しまわって見つけたバイクだが、 ネイキッドタイプでは速い方で、気に入ってるよ。だけど、これからは速く走る事ばかり求めるんじゃなく、旅を楽しむような走り方をしたいと思っている。 もう、あんな事故にはあいたくないから。



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